ATHLETE

カナヅチから、海中90メートルの世界へ【前編】

2014.09.12

カナヅチから、海中90メートルの世界へ【前編】

フリーダイビング日本王者で、潜水90メートルのアジア・日本記録を持つ岡本美鈴さん。 30歳で水泳に通い始めた岡本さんが世界屈指のフリーダイバーになるまでには、どんな出会いや出来事があったのでしょうか。フリーダイビングを始めたきっかけ、潜っているときの感覚、そして人生哲学について語ってもらいました。

カナヅチだった過去:テレビがきっかけで海へ

ある日、テレビをつけたらちょうどリポーターの女の子が小笠原の海で野生のイルカと遊んでいる場面でした。その瞬間、餌付けもされていない動物が人間に関心を持ち、同調して一緒に泳げるということに衝撃を受けたんです。私はカナヅチで海やプールには全く関心のない生活を送っていたのですが、この映像を見て、水面からでも良いからイルカと人間が一緒に泳いでいる姿を見たいと思い、1999年、26歳のときに小笠原に行きました。

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イルカと遊びたい:小笠原に通い詰めた数年間

小笠原ではツアーに参加して、初日にイルカに出会うことができました。泳げない私はライフジャケットを着てスノーケルをつけて浮いているだけでしたが、島の女の子たちはさっと潜って、ドッグランで犬と遊ぶようにイルカと戯れていました。その光景を観ると自分もそこに加わりたくなって、小笠原に通うようになりました。多い時は1年に3回も来ていたのでだんだん海にも慣れて、ライフジャケットなしで泳ぐようになりました。

フリーダイビングとの出会い:沖縄で重なった偶然

2003年2月、小笠原で仲良くなった友人と沖縄に行きました。その帰りの飛行機で、何かトラブルがあって1時間ほど機内で足止め状態になったんです。その時に隣席だったのがフリーダイビングの日本代表の方でした。それで「イルカと泳ぐのが好きなんですけど、うまく潜るコツはありますか?」と聞いたら、それから羽田に着くまでフリーダイビングの話に。到着後には、わざわざ東京フリーダイビングクラブというサークルの代表に電話をしてくれて、翌月の日本選手権を観に行くことになりました。

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フリーダイバーに憧れる:DVDで競技の美しさに魅了

当時の日本選手権はスタッフも含めて30人くらいの規模でアットホームな雰囲気だったので、すぐに打ち解けました。数日後、サークルの人や飛行機で知り合った日本代表の方が海外の大会のDVDなどを送ってくれて、初めて競技の映像を観たんですが、海に馴染んで深みに消えていく選手が海洋哺乳類のように見えてとてもきれいだったんです。それから毎日、家にいる時はずっと映像を流して、全ての選手がどういう蹴り方をしているのか覚えてしまうぐらいのめり込みました。

女子王者のもとで学ぶ:2度の体験でフリーダイビングに熱中

DVDを観て「私も潜りたい!」と思い、当時の日本女子王者の松元恵さんのスクールに入会しました。先生は、フリーダイビングのドキュメンタリー番組にも出演していたので、目の前にいるだけでテンション上がり、200%吸収しようという気持ちで臨みました。1泊2日のスクールでは基礎的なことを教わりましたが、それがすごく面白かったので数ヵ月後にもう1度同じスクールで復習し、そこから東京フリーダイビングクラブに入って本格的に潜り始めました。

恐怖心を克服:30歳でスイミングスクールへ

フリーダイビングを始めて間もなく、足ひれをつければある程度潜れるようになり、3分ぐらい息を止められるようになりました。でも、相変わらず泳ぐのは得意ではなかったので、プールで練習していても足ひれが壊れたり、外れたらどうしようと思うと怖くてプールサイドから離れられませんでした。この恐怖心がなくなったらどんなに気持ち良いだろうと思い、市民プールに通ってビート板を持ってバタ足をするところから始めました。

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フリーダイビングの競技:全部で6種目

フリーダイビングは、空気タンクを使わずに自力でどれだけ深く潜れるかを競うスポーツです。海では、足ひれをつけて潜る種目とつけずに潜る種目(コンスタントウェイト・ウィズフィン、コンスタントウェイト・ウィズアウトフィン)、手でロープをたどって水中に降りていくフリーマージョンの3種目が行われます。プールでは、息を止める時間を競うスタティック、足ひれをつける、あるいはつけずに平行潜水の距離を競うダイナミック・ウィズ・フィンとウィズアウト・フィンがあります。

得意種目:足ひれありの競技を選んだ理由

私の得意種目はフィンをつけて海に潜るコンスタントウェイト・ウィズフィンです。この競技を選んだのも、もともと上手く泳げなかったから(笑)。泳げない者にとって、足ひれをつけることで人間がイルカのように長く潜ることができる、水中をぐんぐん進むことができるあの喜びと感動は格別です。いまだに足ひれなしの競技は苦手ですが、プールでも海でも足ひれをつけずに泳ぐ選手の姿はイカのようで本当にきれいだし、アートにすら感じます。人間ってこんな風で水の中で泳げるのかと思いますね。

img4-2.jpgイルカと一緒に泳ぐ岡本さん

イルカになりたい:小笠原で訪れた気持ちの変化

最初の数年間、フリーダイビングはイルカと遊ぶための練習でした。2006年に61メートル潜って当時の日本記録を更新した時も、目標はイルカと泳ぐことだったんです。でも翌年、小笠原に行った時に気持ちが変わりました。初めて小笠原に来た時と比べものにならないほどイルカと遊べるようになって、「夢が叶った。ここでは思い残すことはない」と満ち足りた気持ちになったのです。それからはイルカを見たいというより、イルカみたいに泳ぎたい、イルカになりたいという気持ちが強くなりました。

試行錯誤の日々:ノウハウのないフリーダイビングの世界

松元恵さんから教えてもらった助言を実践すると、はじめのうちはどんどん記録が伸びたのですが、2006年に61メートルを記録してから3年ぐらいは停滞しました。今も変わらず、フリーダイビングはトレーニング方法の情報が少なく、何をしたらいいのかという答えはありません。世界大会で出会った海外の選手のウォーミングアップ方法や使っている道具を見たり、話を聞いたりして、実験と検証を繰り返していました。私にとってはそれが楽しかったし、この試行錯誤の日々がなければ今の自分はありません。

※岡本美鈴さんは、9/16よりイタリアにて行われるAIDAフリーダイビング世界選手権2014(団体戦)に日本代表チーム「人魚JAPAN」の一員として出場します。

【後編に続く】

構成:川内イオ

→岡本美鈴 プロフィールページ